小学生、中学生の頃、「学ぶ」という行為は「正解」を得るためのものでした。
ですよね?
学べば、答えが分かる。
学べば、正解が出る。
それは、高校、大学にいっても基本的には同じことだったように思います。
「学ぶことは、正解を見つけるためにすること」
きっと、学生の時に、そういう先入観をもった。
いや、持たされたのかもしれません。
では、社会に出てから、働き出してからの「学び」はどうでしょうか?
誰かが、正解を教えてくれる?
誰かが、答えを授けてくれる?
社会に出始めた時、僕自身はこのように「正解」を求め、学んでいたように思います。
間違いなくサラリーマン時代には、確実にそうだったと記憶しています。
先輩にならう
上司に教わる
「よし、わかったぞ!」と思うんだけど、なかなか成果が出ない。
今度は、本を読み、本から学ぶ
そして、トップセールスの人から学ぶ
「よし!これだ!!」と感じるんだけど、どうも上手くいかない。
どうして!?
どうして、学んでいるのに正解が得られないの?
必死に正解を見つけるために、もがいていたように思います。
だって、そう習ってきたから。
でね、ある時 ふと思ったんです。
「あれ!?正解ばかり求めてるけど、正解なんてないんじゃないのか?」って。
どうしてかというと、
僕自身が思うような成果を上げている人を注意深く見た時に、
学ぶことで「わかった!」という人ではなく、
学ぶことで「よし、やろう!」という人ばかりだったんです。
そうなんです!
学ぶことは、正解を求めるためのものではなく、
行動に繋げるためのものだということに気付いたのです。
「大人になってからの学びは、行動に繋げていくためのもの」
これを頭の片隅において学ぶようになってからは、
・常に自分の動きに置き換えるようになり
・だんだんと実際の行動に繋がり
・相手の反応をみながら試行錯誤し
・また学んだことを活かして行動し
・思うような反応が得られるようになっていく
学んだことが、行動を通して、自分の中に入り、育っていく。
そんな感覚が得られるようになると、
もう学ぶことが楽しくて、楽しくて仕方なくなってきました^^
「大人の学びは、行動に繋げるためのもの」
そして、大人になってからの学びは圧倒的に楽しい!
学んだことを、行動に移し、
経験の中から自分自身のカタチをつくっていく。
「できた!」と思った時点で「できていない」のかもしれません。
ずっと追い続け、創り続けていくこと。
自分なりのカタチを明確にするために、学び、行動すること。
これが楽しくなると、いろいろな可能性がひろがってくる。
コロナ禍の今だからこそ、学びましょう!
そして、圧倒的に行動しましょう!!
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